プチモラハラ妻と離婚するか悩んでます。

復縁はもうかなり諦めてます。

ボンとMの長くて小さな恋物語、その3。

どうも、ボンです。

 

前回の続きです。未読の方はコチラからどうぞ。

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僕とMの埋まらない関係。

高校生になっても僕とMの関係はあまり変わらず、たまにすれ違う時に軽い挨拶を交わす程度。部活に勤しんでいたのでそれなりに充実した高校生活ではありましたが、やはり心のどこかで引っ掛かっているモノを感じていました。

それに追い打ちをかけるように、時々ボン母が冷やかし半分に「あんた、彼女とかいないの?Mちゃんとかどう?」と言ってくるんですよね(笑)。親の立場からすれば、相手の素性がよく分かってる子の方が安心だったんだと思います。Mは勉強も出来るし、見た目も可愛い、両親もしっかりしている…と客観的に見て欠点無い訳で。が、電車や駅でバッタリ会うのも年に数回と言う感じだったので、親にどう言われても僕からMとの関係を詰めることは出来ないままでした。つくづく、最初の躓きが大きかったなと思います。

Mが当時、僕とのことをどう思っていたかは今でも分かりません。が、元々は結構仲が良かっただけに気持ち悪さは感じていたんじゃないでしょうか。

 

時代的にも過度期。 

僕の中高時代は1990年代後半。携帯電話が普及してきたのが高2~3にかけてだったので、その時はまだ好きな女の子に連絡を取る手段が「家の固定電話に直接かける」以外にありませんでした。が、Mの親が出るかもしれない家の電話にかける程の要件は当然ながら無い。メールなど、もっとハードルの低い方法があと数年早めに登場していればまた違ったものになってたかもしれませんが…。

そして大学受験がちらつく頃になると、僕もMも予備校に行きだしたせいか、遭遇する回数は更に激減。「このままなし崩しはスッキリしないな…」と微妙に募るモノを抱え続ける僕は、Mに手紙を書くことにしました。そう、勇気を出して自宅に送ったんです。

 

5年ぶり。

まともにコミュニケーションを取る(手紙ですが)のがそもそも小学校卒業以来、5年ぶりぐらいだったので、内容は大したこと無かったと思います。何を書いたのか、正直あまり覚えていません。にも関わらず、彼女は確か丁寧に返事をくれたはず。その文面に「付き合ってる人がいます」とあったような無かったような…??もう20年も前のことなのでかなりうろ覚えですけどね。

でも一応やり取りが復活しただけでも、モヤモヤしていた胸のつかえみたいなものが取れたようで僕としてはスッキリしました。が、結局その後も顔を合わせることはほとんど無かったので、大したやり取りは無いままでした。

そして僕は東京の大学に行くために家を出て、彼女は地元・関西の国立大学に進学しました(ちなみにこれも母親伝いで聞いた情報です…笑)

 

つづく。

 

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ボンとMの長くて小さな恋物語、その2。

どうも、ボンです。

 

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ボンとM、中学へ。

小学校の頃、そこそこ仲が良かった僕とM。が、僕にとってのそれはあくまで子供同士の延長で、特別な恋愛感情と言う訳ではありませんでした。おそらくMも同じでしょう。他の女子に比べたらよく喋る仲でしたけどね。

で、共に中学受験を経て、僕は中高一貫の男子校、Mは同じく中高一貫の女子校へ進学。偶然にも、この学校が同じ最寄駅だったんですね。自宅の最寄駅も当然同じなので、登下校の電車で一緒になったりするかなーと思ってましたが、生活時間が違ったのか顔を合わせることはありませんでした。少なくとも僕は見掛けてません。

そして、1年半ほどが過ぎて中2の秋ぐらいだったでしょうか。学校からの帰り道、僕は久々にMの姿を見つけました。

 

思春期とタイミングが邪魔をする。

その日、僕は電車のドア付近にもたれかかるように立っていました。大体乗ってから降りるまで15分程度。で、ふと顔を上げるとその斜め前の座席の端っこに座っていたのがMだったのです。おそらく僕が乗る前からそこに座っていたんでしょうが、僕が気付いたのは乗ってからだいぶ時間が経ってから(5分後ぐらい?)でした。

電車に乗った時すぐ気付いていれば「おお、Mじゃん。久しぶり!」と声を掛けたと思いますが、5分も経った後だと完全にタイミング的には逸してるんですね…。今更声を掛けるのもわざとらしい感じ。

それに中2と言えばバリバリの思春期、更には男子校生活1年半のおまけ付きです。何となく「恥ずかしい」と言う気持ちが勝ってしまい、結果的に気付かないフリをしてしまいました。そう、つまりは無視と同じです。これを機に、僕とMのすれ違いまくる日々が始まりました。

Mも位置関係からして僕に気付かないはずは無いので、どこかのタイミングで分かっていたと思います。でも彼女も僕に声を掛けることはしなかった。同じ駅で降りたのに。僕と同じように「気づくのが遅くて声を掛けるタイミングを逸した」「タイミングを逸したのに今更普通に声を掛けるのも恥ずかしい&緊張する」そんなトコじゃないか、と思います。思春期恐るべし…。

 

Mの思わぬ人気。

そんな中2での再会以降は、数ヶ月〜半年に一度程度のペースでMに出くわすという感じ。が、最初にコケたのが尾を引いたのか、会っても何となく簡単な挨拶をするだけ。小学校時代のような売り言葉に買い言葉の応酬は見る影もなく、よそよそしい関係になってしまいました。残念と言うか、気持ち悪かったですけどね。でも滅多に会わないだけに、どうすることも出来ません。

ただ、最低限のコミュニケーションしか無いながらも何となく僕が感じたのは、Mは随分落ち着いた、言い方を変えると暗くなったな、と。おてんば娘だった頃の面影はなく、「影のある美少女」という感じでした。単に大人になったってことかもしれませんが。

そして、この頃から何となくMのことを異性として意識するようになった気がします。近くにいるのに遠くなった存在、と言うのがそう感じさせたのかもしれません。ほんのちょっとしたことで詰められる距離感だったはずなのに、時だけが流れていく感覚です。嗚呼、もどかしい…。

ちなみに、僕とMの学校は最寄駅が同じだったので、一時期僕の学校でMを見掛けた奴らが「隣の女子校にメチャクチャ可愛い子がいる!」と騒いで、一時期ファンクラブ並に盛り上がったことがありました。昔を知る僕はちょっと驚きでしたが。ただ、僕が知る限り、Mと僕の学校の奴らが付き合ったりしたことは無かったと思います。駅などで僕の同級生がMに声をかけるも無視されてる姿は2〜3回見たような気がますが。

そして、モヤモヤしたものが残りつつ、僕とMは高校生になります。

 

つづく。

 

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ボンとMの長くて小さな恋物語、その1。

どうも、ボンです。

 

嫁との関係は相変わらず。家庭のストレスは仕事に持ち込めないし、仕事のストレスは家に持ち込めない。安らげる空間が無いので状況的には芳しくありません。が、しばらくは泳がせる必要があるので、今は我慢ですね。

さて、今回はちょっと趣向を変えて別のエピソードを書き連ねていこうかと思います。名付けて「ボンとMの長くて小さな恋物語」です。

 

 

その女性、M。

Mとは、小学校時代の僕のクラスメートの女の子。6年の時に同じクラスでした。そして、知り合ってからもう25年以上になりますが「25年間、常に僕の心のどこかにいる女性」です。文字にすると気持ち悪いですね(笑)。ただ、普通の恋愛感情とはちょっと違います。上手く言えませんが、友達以上幼馴染み未満と言う感じ。恋人未満ではない、って所がミソでしょうか。

結論から言っておくと、大人になって両思いだった時期もありましたが、結局一度も恋愛関係にはなりませんでした。それどころか手を握ったことすら無い、超プラトニックな関係です。今思えばいくつか「あの時こうしておけば…」と言うターニングポイントはありましたけどね。今回のシリーズ(?)はその点を掘り下げていくのがメインになると思います。

僕もMも20代後半で結婚し、今では共に2児の親となりました。それまでの人生で、もちろん僕も人並みに女性との交際はありましたし、その時はその子のことが本気で好きだったのも確かです。が、僕にとってのMはそう言う恋愛とは別の次元にいる存在で、時折ふと「M、今頃どうしてるのかな」と考えることがありました。

 

小学校時代のMと僕。

Mは子供の頃から顔が整っていて、文句無しの美少女(そもそもお母様が元ミス◯◯、お姉様は後に国際線のCAになったと言う家系)。ま、これには後日談があるのでそれはまた次回以降の記事に書くとします。

ただ、小学校の時のMは性格が所謂「おてんば娘」的なキャラクターだったせいか、男子からの人気が高かった記憶はそんなにありません。実際、Mよりもモテる女子が何人もいたのは確かです。

一方の僕は自分でいうのも何ですが、勉強もそれなりに出来て、足の速さも学年で1、2を争うレベル、担任の先生には学級委員を任されるなど、目立つ側の生徒でした。そんな僕とMの関係は、僕がイジる側でMはムキになって言い返す側と言う感じ。ま、子供同士のじゃれ合いでよくある関係ですね。修学旅行で同じ班になったり、実際仲はそれなりに良かったのは確かですが、小学校時代はそこまで意識する存在では無かったように思います(僕が子供だった、と言うのもありますが…)。

 

ボンとMの共通点。

僕とM、実は母親同士が仲が良く、今も交流が続いてます。それで母親伝いで互いに近況を知る、なんてことが少なくありません。それだけではなく、僕自身もMのお母様から今でも年に2~3回LINEを頂きます。

で、大人になってから気付いたことですが、母親目線で考えると実に共通点が多いんですね。

  1. 子供(ボンとM)が同級生、同じクラス。
  2. 家が近かった(今は双方引っ越しました)。
  3. 子供が私立中学受験組。
  4. 旦那(ボンとMの父親)が同業他社(転勤の多い業界)。

…と、まあこんな感じなので話題には事欠かなかったんだろうと思います。僕とMが幼馴染みのような、つかず離れずの関係が今もずっと続いているのはこの母親同士の関係が多分に影響しています。Mは今時珍しい、古いタイプの考え方の持ち主なので(この辺りも詳しくは次回以降…)。

 

さて、次回から時系列メインで僕とMの歴史を振り返っていきます。

 

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結局恋愛体質の…嫁。

どうも、ボンです。

 

新婚の頃、ふと嫁の同期の女性から「あの子恋愛体質ですよね。大変じゃないですか?」と言われたのを思い出しました。やはり多少の付き合いがある人間には分かるんでしょうね…。

 

 

以前と以後、変わらぬ嫁。

昔、長男の妊娠が分かった頃、嫁が上司とよからぬメールのやり取りをしていたことがあります。相談相手以上恋人未満、みたいな感じ。僕と付き合う前に一度だけ肉体関係もあったようです。当時の嫁は「上司は家庭が上手くいってないって言ってた。だから私が…」みたいなテンプレ台詞を言ってました。真実は分かりませんけどね。

ちなみにその上司は結構なポジションまで辿り着いていたにも関わらず、昨年セクハラで停職処分を食らいました。そして今回の嫁の1年以上に及ぶ愚行。要するに嫁も上司も、人間ってなかなか変わらないんだなってことですね。どうやら嫁は「仕事の出来るおじさん」に惹かれる性質。本人は「昔の上司の件とは違う。今回は本気で好きだった」と否定してましたが、僕から見たら何が違うんだかさっぱり分かりません…。

 

嫁のメモと心の声。

そして先日、たまたま嫁のノートを発見しました。元々独身時代も色々書きなぐっていて実際に見たこともあります。ストレス発散のためだったり、目標や夢を文字にするためだったり…。

で、今回のはおそらく例のクソ男と出会ってから書き始めたモノ。日にちが書いてないのと、事実と妄想が入り乱れているのとで釈然としない部分もありますが、生々しいことこの上なかったですね。ショックを通り越して、気持ち悪過ぎてドン引きしました。恋愛体質ってここまでいくのか、と。例えば、ですが…

  • あなたの子、娘を産んであげたい。
  • 子供5人(僕との子2人、クソ男との娘1人)でドライブしたい。
  • 見つめあって、キス。本能で繋がり合う。
  • 結婚は間違いだった。
  • 神様、私たちは運命ですよね。
  • あなたが寂しいの、分かってるから。

まぁちょっと書くに堪えないのでこの程度にしておきます。実際は数十ページあります。自分自身が主人公の恋愛ポエムを書いているかのような感じ。これを子供部屋のクローゼットに入れてる(しかも触ろうと思えば余裕で手の届く高さ)んだから常軌を逸しているとしか思えません…。

 

決断の日はそう遠くない…?

僕と嫁の再構築はもうかなり望み薄だなと改めて感じています。1年以上に渡って他の男にうつつを抜かしつつ(そもそも、ほぼメル友?状態なのにここまで思い込む辺りもドン引きしてます…)、次男を出産。更にはその次男出産直後にクソ男から来た「身体は大丈夫?」のメールに対して「心配してくれた。嬉しい」などとノートに書き留めている。どう言うつもりで僕との間に出来た次男に接しているのか、理解に苦しみます。

人によって価値観はそれぞれだと思いますが、僕はまだワンナイトラブの方がはるかに良かったですね。正直、肉体関係の有無はもはや大した問題ではなく、こう言う社内不倫の方が圧倒的にキツいです。この間もクソ男とエレベーターで一緒になりましたしね、僕。

そして耳に入る言葉よりも、目に入る文字の方が残酷。しかもメールやLINEではなく、今回の場合は直筆なので余計に響くものがあります…。

 

果たして今は。

嫁とクソ男の関係はどうなってるんでしょう。クソ男→嫁はありえませんが、嫁→クソ男は可能性あるんですよね。

ノートの記述は11月あたりで止まってて、その時点では未練タラタラながらも一旦諦めた感じではあるんです(繰り返しますが、未練はタラタラ)が、年末年始に嫁がやや妙な動きをしたもので、最近になって嫁から復活させている線も割とありうると考えています。クロだった場合、次が必ずあるはずなのでその時はそれなりの対処をせざるを得ませんね…。

 

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ボンと嫁のひと夏の事件、その7。

どうも、ボンです。

 

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僕が変わってしまった。

台風の日の一件を境に、僕は「無理して4人でいる方が家族みんな不幸になるかも」と考えるようになりました。嫁は、僕が何を言っても聞き入れない…と言うよりも僕が何か言うこと自体が気にいらないんですね。これではコミュニケーションなんて成立しません。だったらもう終わりなのかな、と。

特に以下の2点。この辺をなあなあにする嫁に愛想が尽きたんだと思います。この程度の「人として当たり前のこと」が出来ない。少なくともこの2点に自分でケジメを付けない限り、復縁など100%無いですね。

  • 子供もボン親も楽しみにしていた3世代旅行の予定をLINEでキャンセルし、「友人と飲み会」と嘘をついて男とデート。その謝罪を、今もボン親にしていない。⇒しかも一度は自分で「謝る」と言ったにも関わらず、4ヶ月経っても放置したまま。結果、ボン親から子供の誕生日プレゼントや正月のお年玉等を貰っても、礼の1つも出来ないままと言う状態が続いています。この正月もボン実家には僕と長男だけで帰りました。時の経過と共に、不義理が雪だるま式に増えていく。今後どうするつもりなのか、サッパリ分かりません。
  • 自分が怠惰なだけなのに、それを指摘されたら勝手にキレる。泣いてる長男を更に追い込む。最後には置き去りする。勝手に出て行ったのに勝手に帰ってきて、何の謝罪もせず自分一人で水に流した気でいる。⇒僕の認識は「調停するから!」と言って飛び出したあの日から止まったまま。だって嫁からは撤回が無いのでね。言葉に責任を持たないなら言うな、ってことなんです。万が一、言ってしまったのなら無かったことにせずにちゃんとケジメをつけろ、ってことなんです。

嫁は「ごめん」を僕に言えない。そんな人と無理して一緒に暮らして、子供に不仲な両親を見せ続けても家族4人で暮らす方が良いのか。それとも、一時的なショックは大きいものの、離婚して、明るい父と母それぞれと接して育つ方が良いのか

あの台風の日までは、僕はもう一度嫁との関係を修復しようと必死でした。でなきゃ、嫁の怠慢を指摘したりもしません。が、あの日の醜態、ありえない行動、その後の対応を見て「あ、もう寄り添えないんだな」と言う感情が全身に染み込んでしまったんだと思います。結局のところ、嫁に寄り添う気が無い限り、僕だけが寄り添おうとしても所詮は一方通行のままなんですよね。もう、疲れました。

 

今後の展望。

それ以来、僕も嫁に対して媚びなくなりました。「離婚だけは絶対に避けたい」と言う思いが無くなったからでしょうね。それまで嫁はその僕の弱味につけ込んで、子供を盾にマウント取ってたんですが、台風の一件以降、かなり自分に対して僕が素っ気なくなったのは感じているはずです。

実際、嫁に対してあまり言うこともなくなりました。言うだけ無駄だし、興味も無くなったからです。なので、幸か不幸か最近は表立った衝突もありません。低位安定状態と言う感じ(笑)。

嫁が次に離婚だの調停だの言ってきたら、多分現実的な話になるでしょう。今はまだ僕からは言い出しませんが。ボン親に「育休が終わって仕事が始まったらだらしない生活も改めざるを得ないからそれまで待て」と言われたので一縷の望みを託してますが、どうなるんでしょうね。

それまでに、いつ離婚になっても良いように準備だけはしておこうと思います。まだシロかクロかはっきりしていませんが、嫁には他にも疑惑があるので…。

 

まとめ。

これが「僕と嫁のひと夏の事件」の顛末です。今も冷戦状態は継続中。改善の気配は一向にありません。

今年の正月、当然嫁は僕の実家に行けないので、僕も嫁の実家には行ってません。僕は義父にも義母にも一度きちんと謝罪しているので、行こうと思えば全然行けますけどね。だからこそ謝罪と言うのはさっさとやっておくべきと思うんですが、一度頭を下げれば済む話なのに嫁はそんな事さえ出来てない。

離婚したいのか、したくないのか、さっぱり分かりません。義父に「時間をかけなさい」と言われてるから行動出来ないのかもしれませんが、離婚したいなら自分で口にしたとおり離婚届をさっさと持って来たらいいし、したくないなら生活を改めてボン親に頭下げて来い、って話なんです。この点、嫁は今もどっちつかず。肝心なことは自分で背負わないんですよね。

嫁は、結局お子ちゃまなんだと思います。悲劇のヒロイン。子供のことでマウントを取れる家、いつも味方の義母がいる実家。常にラクな方へ逃げて、自分はギャーギャー文句言うだけで問題を解決しようとはしない。そんな人間をリスペクト出来ないし、人生添い遂げることなんて今のままでは不可能です。

子供には本当に申し訳ないですが、現状はやや離婚寄りに向いてます。そもそも先に言い出して、言いっ放しにしてるのは嫁なのでね。何度も言いますが。

僕が家事育児をしっかりやってるのも、嫁に「ボンは家のこと全然やらない」と言わせないためでもあります。最低限の挨拶や連絡も嫁は時折無視したり、か細い声で相槌を打つだけだったりしますが、それでも僕は必ずするようにしています。何言われるか分からないので女性と2人きりになる場にはいかないし、「今から帰る」「今日ちょっと遅くなる」などのメールも欠かさずしています。こちらも嫁は7割ぐらい無視しますが。

 

最後に。

要は「ボンはやるべきことはやっている」と言う既成事実を積み上げる日々です。万が一離婚することになった場合、嫁に好き勝手させないために。…不毛な時間ですよね。でも仕方ないのかな、と言うのが正直な気持ちです。今後、動きがあるとすれば嫁が仕事復帰する春以降になるでしょう。さて、どうなることやら…。

そんな訳で「ボンと嫁のひと夏の事件」、これにて終了です。長々とありがとうございました!

 

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